
2020.02.10
2020.02.10
顧客のニーズが多様化している現代、モノづくりの手法も変化を迎えています。顧客の潜在ニーズを捉え、販売前の段階から顧客と関わりを作りながら進めていく。そんなアプローチが生まれてきています。
1社のみで従来とは異なるアプローチを新たに始めるのはハードルが高い。ですが、強みを持ち寄ったコラボレーションであれば、時代の変化に適応しながらプロジェクトを進められる。アパレルブランド「ABAHOUSE」と、デザインイノベーションファーム「Studio Opt」が共同開発した「IT-JACKET」プロジェクトは、そんな事例です。
今回はプロジェクトを牽引しているABAHOUSE INTERNATIONAL Co.マーケティング部部長 齋藤玲緒奈さんとStudio Opt 野口陽介さんにIT-JACKET開発のプロセスを伺いました。
ありがとうございます。IT-JACKETは、多様なガジェットを仕事で使うビジネスパーソンに向けて開発しました。先行予約を兼ねたクラウドファンディングでは、開始から約1ヶ月で目標金額の15倍の支援額を達成できました。
デザイナーが良いと考える商品を制作販売する、いわゆるプロダクトアウト型の商品開発を行なっていました。ブランド側がトレンドを生み出し、それを消費者側が受け入れる。デザイナーズブランド的な商品開発手法です。
はい。消費者の好みが多様化し、それぞれの価値観に沿って商品を選ぶ傾向が強まりました。その結果、ブランド側が一方的にトレンドを押し付ける商品の売行は低迷しつつあります。マーケットが変化に対応するべく、商品開発の方法を変える必要がありました。そこでスタートしたのが、プロダクトアウトではなく、マーケットインで商品開発を進めるプロジェクトです。
ABAHOUSE INTERNATIONAL Co. 齋藤 玲緒奈さん
お客様から「平日に着る仕事着が欲しい」と声をいただいていたことがきっかけですね。これまでABAHOUSEの商品は、週末のプライベート用がメインでした。平日のビジネス用の商品を開発できないか?と考えていたんです。
とはいえ、今ではスーツも仕事着のスタンダードではなくなってきています。従来通りのスーツを拡充するだけでは、他社の商品と変わりません。ABAHOUSEの理念「時代性を的確に感じ、トレンドセッターとしての役割を担う」に基づいた商品を提案しよう、そう考えた時に思い浮かんだのが、複数のガジェットを仕事で活用するビジネスパーソンを対象にしたセットアップでした。
そうなんです。ただ、着想はしたものの想定している顧客は、これまでのABAHOUSEの顧客層とは異なっていました。つながりがないため、直接声を聞くのも難しい。そこで、想定顧客層が働く企業と協業し、生の声を聞きながら商品開発を進めようと考えました。
Studio Optさんは、デジタルとアナログの領域を横断しながら、顧客の声に耳を傾けてマーケティングを行なっているイメージがありました。会社として、色々なつながりがあったこともあって、お声がけしたのです。顧客ニーズの調査やマーケティングをStudio Optさんにお任せし、我々はモノづくりの部分を担う。そうすれば、商品開発からマーケティングまで一貫して想定顧客の視点を大切にできると考えました。
すぐに「やります」とお返事しました。共に商品開発を行い、プロモーションまで一貫して担う。Studio Optが理想とするプロジェクトの形だと思いましたね。
不確実性の高い今の時代、クライアントの事業成長をサポートするには、プロモーションの代理だけでは不十分になりつつあります。Studio Optは、クライアントと一緒に新たな価値を創造できる組織でありたいと考えて組成されたので、このプロジェクトはまさに私たちがやるべき仕事だと思いました。
Studio Opt 野口陽介さん
個別にヒアリングをしても具体的な意見が出にくい場合があります。アンケートも、率直な意見をもらえるとは限りません。座談会のように複数名が集まって話していれば、他の参加者の意見を聞きながら、自分自身が気づいていない視点を発見し、気づきを言語化してもらいやすくなります。そこから潜在ニーズが見つけられると考えました。
座談会参加者のファッションリテラシーに違いがあったことは、ポイントになったと考えています。ファッションについての情報量が異なる人が組み合わさったことで前提の違いが浮き彫りになり、それぞれが当たり前と考えていることを言語化しやすい環境になっていたんです。
「座ってパソコン作業をすると窮屈に感じる」「スーツだと、私用・社用携帯、ポケットWi-FiなどのITガジェットを持ち運びづらい」「脱いだ時に折りたたむとシワになってしまう」といった意見が出てきました。
IT-JACKETは、私用・社用スマートフォン、名刺、カードキーといった小物を持ち歩きやすいマルチポケット設計になっています。袋布を斜めに設計し、小物を取り出しやすくしつつも、小物が落ちないようにファスナー付きのポケットもつけるなど工夫をこらしました。
また、持ち運びが楽になるパッカブル仕様になっていて、折りたたんでもシワにならない素材を使用しています。コードをフロントボタンにつけることで肩に斜めがけにもできるようになっているんです。従来のスーツづくりではなかった視点を、実際の形に落とし込んでいます。
反映したい機能は他にもあったのですが、座談会で「3万円以上だったら買わない」という声が挙がっていて。想定顧客のイメージする価格帯が守れるように、商品に反映する機能を取捨選択して、デザインするのに苦労しましたね。
洗濯後もノーアイロンで済む防シワ加工
想定顧客が求める機能を取り入れたジャケット
着ていない間も利便性が高まるように工夫されている
IT-JACKETは、店頭販売に先駆けて、クラウドファンディングを実施されています。クラウドファンディングは最初から実施する予定だったのでしょうか?
IT-JACKETは、小さく始まったプロジェクトで予算が限られていました。これまで通りのマーケティングを行っても、想定顧客層に情報が届けられない。そこでクラウドファンディングを提案しました。
利用したクラウドファンディングサイトは「Makuake」です。同サイトは、ITガジェットが好きな方々から人気が高い。IT-JACKETを届けたい顧客層と重なるため、情報発信の場所として最適だと考えました。
また、クラウドファンディングによって生まれる参加意識にも着目しました。ただの「購入」ではなく「支援者」になることで、商品やサービスとの関係がより深いものになると考えています。大手ファッションブランドがクラウドファンディングを実施している例はこれまであまりなかったのですが、だからこそ挑戦してもいいんじゃないか、という話になりました。
SNSを絡めたプロモーションで工夫したのは、試着会です。ファッションアイテムであれば、試着会はするだろうと考えると思いますが、もちろんただ試着会を開催したわけではありません。来場者の方々にIT-JACKETを着ていただき、SNSアイコン用のプロフィール写真を撮れるようにしたんです。
事前に社内メンバーから「SNSのアイコン用の写真が欲しいけれど、いいものがない」と聞いていたんです。想定顧客層に近いメンバーが言うのであれば、試着会に来てくださる方にも近しいニーズがあると考えました。試着会に合わせて撮影会を実施し、プロフィール写真のデータをお渡しすることで、参加者のSNSアカウントでIT-JACKETについて発信してもらいやすい環境を設計しました。
これまで弊社はファッション関係の雑誌やメディアを通したマーケティングを行っていました。今回、Studio Optさんにマーケティングを相談したことで、これまで掲載実績がなかったITガジェット系メディアにも取り上げてもらえたんです。
予想以上の反応ですね。実験的なプロジェクトと位置付けていたこともあり、当初は店頭販売も含めて「200着程度売れたらいいね」と話していたんです。それが先行販売開始から1ヶ月も経たないうちに、その目標を超えました。驚きと共に、とても嬉しく感じています。
実際にIT業界で働いている方から「こういうスーツが欲しかった」「作業がしやすく、デザイン性も高い物を探していた」といった声もいただいて。想定顧客に届けられただけではなく、コンセプトにしっかり共感してもらい、注文にもつなげられている。手応えを感じています。社内としてもここ数年で最も評価の高いプロジェクトとなりました。
ニーズの深掘りから、想定顧客に届くまでの設計を一貫して行ったからこその成果なのかもしれませんね。プロジェクトを振り返って、顧客ニーズに応える商品を作るために大切だと思うことを教えてください。
まだプロジェクト自体は続いていくので、すべてを踏まえて振り返りできるわけではありません。あえて、述べるとしたら、ユーザーが気づいていないニーズをいかに言語化できるかが鍵だと思います。今回は、商品の想定顧客層が働くStudio Optさんと協業することで、生の声から言語化できました。ニーズを把握するために「誰と一緒に作るのか」を考えてみる視点は大切だと思います。
Written by岡本実希
Editor木村和博
Photographer加藤甫
Deskcheckモリジュンヤ